闘病映画から得られるヒント ― 映画『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』 病気・障害を経て、希望を描く ―
こんにちは、ジョニージョニーです。映画から闘病に役立つヒントを探るシリーズ記事。今回の映画は『サウンド・オブ・メタル』です。
主人公は、メタルバンドのドラマー・ルーベン。恋人のルーとともにライブツアーで各地を回っていました。ところがある日、突然の難聴に見舞われます。ほとんどの聴力を失って、ライブ活動は中断。それまでの生活は一変し、音のない世界に戸惑うルーベン。
この記事を読むと、主人公・ルーベンの心の揺れ動く姿を通して、障害受容に至るプロセスを知ることができます。それと同時に、次に訪れる世界に希望を描くヒントが見つかります。
それでは。
目次
闘病映画『サウンド・オブ・メタル』 主な登場人物
主人公 ルーベン (リズ・アーメッド)
メタルバンドのドラマー。恋人ルーとともにアメリカ各地を回って演奏活動をしていました。しかし、ライブ活動のさなかに突然耳が聴こえなくなります。動揺するルーベン。ルーの勧める「ろう者の支援コミュニティ」を訪ねることに。
恋人 ルー (オリビア・クック)
4年前にルーベンと知り合い、ライブツアーをルーベンと共に回ります。しかし、難聴を発症して動揺するルーベンにルーも戸惑います。ろう者の支援コミュニティにルーベンを預けると、お互いのためとしてルーは父の元へ。
コミュニティの指導者 ジョー (ポール・レイシー)
ジョーは、ろう者の支援コミュニティの指導者。ルーベンを温かく迎え、立ち直りに力を尽くします。しかし、ジョーの願いとは裏腹に、コミュニティのルールを破るルーベン。ジョーはルーベンに施設からの退去を命じました。
ルーの父 リチャード (マチュー・アマルリック)
ルーベンと別れたルーを家に迎えます。それを追ってきたルーベンにも優しく対応します。
闘病映画『サウンド・オブ・メタル』 あらすじ
2019年製作/120分/16+/アメリカ
配給:カルチャヴィル
コンサート当日。メタルバンドの激しい演奏シーン。ドラムのルーベンが巧みにスティックをさばきます。
翌朝。移動兼居住スペースのトレーラーハウス。ルーベンが恋人ルーのために朝食を用意しました。ふたりして車内でダンス。仲のよさが際立つシーンです。
ライブ開始前、グッズ販売を手伝うルーベンを突然の難聴が襲います。戸惑うルーベン。それでもライブで演奏しました。
翌朝になっても難聴は良くなりません。薬局で紹介された病院へ。検査の結果、70から80%が聞こえていないと。さらに医者から、大きな音にさらされる環境を取り除くことが大事であり、インプラントもあるが高額で難しい手術になると。
医師の助言に従わないルーベン。再びライブでドラムを叩きますが、ままならない状況に耐えきれず、途中で演奏を放り出すルーベン。ルーが後を追い、ルーベンを抱きしめました。
レストランの席。ルーベンはルーに、インプラントの手術を受け、今まで通りライブ活動をしたいと。しかしルーは、もう演奏は無理だと。スマホでルーが友人に相談すると、ろう者の支援コミュニティを勧められます。ルーベンは決めかねますが、結局、ふたりで支援コミュニティの地へ向かうことに。
ルーベンは、支援コミュニティの指導者・ジョーと面談。ジョーは、自分がアルコール依存症だったこと、ベトナム戦争で聴力を失ったことなどをルーベンに語りました。冗談めかして、妻や子どもを失ったのはビールのせいだとも。
一方、ルーベンも自身の事をジョーに話しました。恋人のルーとは4年前からで、以前ヘロイン中毒だったが今はやっていないと。
ジョーは言います。ここでは耳のことは解決できない。ここで解決できるのはここだと、ジョーは頭を指差しました。施設で手話を学んで、今後の地盤を固めろ、費用は教会が支援してくれると。ただし、ここではひとりで頑張ってもらう。スマホも車もなしだとも。
ルーベンはその厳しいルールを聞くと突然話を打ち切り、部屋を飛び出しました。
翌朝、トレーラー内で物を投げつけ暴れるルーベン。もうあの施設には戻らない、俺を支えてくれとルーに懇願します。しかしルーは、施設に残るようにルーベンを説得。ルーベンはやむなく残ることに……俺のこと待っててくれと。
ルーベンは正式にジョーのいる施設に入所します。部屋を宛がわれ、入所者たちの前で自己紹介、食事会、そして手話教室。しかし、どうにも馴染めないルーベンは、ジョーのパソコンを勝手に使いルーからのメールを開封。そこには、がんばってと。ルーベンはタバコを吸いながら、クソっと。
ある日、指導者のジョーがルーベンに声を掛けます、君に課題を与えると。毎朝5時、部屋にコーヒーを用意するから、君はただそこに座っていてほしい。もしそれができなくなったら、テーブルにあるペンと紙に向き合ってほしい。文字なら何を書いてもいいから、もう一度座っていられるまで、とにかく書き続けるようにとルーベンに求めました。
翌朝5時、ルーベンは部屋へ。ところがルーベンは、テーブルのドーナッツを突然叩き潰します。大声をあげ、壁を叩き、冗談じゃない!しばらくして我に返ったルーベン、俺はどうかしていると。
聴覚障害の子どもたちの授業に参加するルーベン。でも、途中で耐え切れずに外へ。一緒に飛び出した子どもと滑り台でぼんやり。何気に子どもが滑り台の床を叩くと、ルーベンも応えるように叩きました、ドラムのように。ルーベンの心に小さな明かりが灯ります。
子どもたちとハイキングへ。自然の中、子どもたちと笑顔で戯れるルーベン。手話教室でも、リラックスできるように。音楽教室では、ルーベンがドラム遊びの先生としてみんなを盛り上げています。
やがてルーベンは朝5時のワークにも慣れてきて、ワーク終了後、ひとり、穏やかな目で窓の景色を眺めます。
ある日、指導者のジョーがルーベンに話します。君はここの人々にとって重要な存在になった、これからもずっとここにいてはどうか、私のプログラムや聴覚障害の子たちの学校で働くのがいい、とルーベンに提案しました。ルーベンは即答しません。
ルーベンはメールで、ルーが音楽アルバムをリリースしたことを知ります。動画を開くと歌うルーの姿が。しかしルーベンにその歌声は聞こえません。
ルーベンは事務所のパソコンを使い、耳のインプラント手術の予約を取ります。さらにルーベンは、手術費用を捻出するため、大切なトレーラーハウスを売り払ってしまいました。
ルーベンは、ジョーに断りもなく施設を出て手術を受けます。そして成功しました。
ルーベンはジョーに手術の報告と自分の考えを打ち明けます、そろそろ何かしないと…俺の人生を守るために。ルーベンは施設を出たいのです。それに対しジョーは、朝の部屋で静かな時を過ごせたか?静かな時間、静かな場所、それは神の王国なんだ、あの場所は決して君を見捨てないと。
ジョーは、君が幸せになることを心から願うと、ルーベンが施設を出ることを認めました。でも悲しげです。
ルーベンは病院に行き、初めてインプラントの器具を耳に付けました。しかし思ったようには聞こえません。これはひどいとルーベン。医師は少し様子をみましょうとだけ。ルーベンはしぶしぶ頷きました。
ルーベンがルーの実家を訪ねると、ルーの父親が迎えてくれました。ルーの父はルーベンに、君はあの娘に居場所を与えてくれた、あの娘は今、すごく幸せそうだと。
ルーベンはルーと再会します。ルーは髪型も身なりもすっきりして、以前のルーとはまるで別人です。
パーティが始まるのですが、その賑わいは、耳のインプラントを通すとノイズにしか聞こえません。ひとりきりのルーベン。
ルーベンはその夜、ルーとベッドを共にします。ルーベンが言います、お前は俺を助けてくれた、お前のおかげで楽しく過ごせた、だからもういいんだと。ルーも、私もあなたに助けられたと返します。二人は泣きながら抱き合いました。
翌朝早く、ルーの寝ている間にルーベンはそっと家を抜け出します。
表通りに出ると、街の喧騒がすべてノイズとなって、ルーベンの心を激しく揺すぶります。教会の鐘の音は、まるでシンバルのようです。ルーベンは思わずインプラントを外しました。すると、すべてが静寂に一変します。空を見上げると、そこには太陽が照り輝いていました。ルーベンの目は穏やかです。
映画『サウンド・オブ・メタル』から得られる闘病のヒント
私の感想
主人公のルーベンは、メタルバンドのドラマー。ライブツアーで各地を周ります。好きなことを仕事にし、しかも愛する恋人と一緒の毎日。幸せな人生を謳歌していました。
しかし、その暮らしが突然はじまった難聴のため、一変してしまうのです。聴力を失ったことで、音楽をなくし、仕事をなくし、やがて恋人も失うことに。この絶望感は半端ないです。トレーラーハウスの中で大暴れしたルーベンの気持ち……よく分かります。
恋人のルーが見つけてくれたろう者の支援コミュニティ。そこで、指導者ジョーと出会えたことはルーベンにとって幸いでした。
指導者ジョーの教えは、耳を治すものではなく、心を治す教え。つまり、ルーベンがこれまでいた世界に戻るのではなく、新たな世界へ導く教えです。
自分と向き合うプログラム、聴覚障害の人たちとの出会い。耳の不自由な子どもたちとのふれあい。ルーベンはコミュニティの生活に溶け込み始めていました。しかし、コミュニティとの出会いの価値や意味にルーベンは気づくことができません。
前にいた世界に戻りたいのがルーベン。そのための手段がインプラント手術でした。しかし、手術の結果、音の聞こえ具合は決して満足のゆくものではありませんでした。
コミュニティのルールを破ったルーベン。ジョーから退去を求められます。
ルーベンにとって最後の頼みの綱であるはずのインプラント。それが事実上失敗。元いた世界に帰る術をルーベンは失いました。
また、新しい世界、コミュニティの扉を自ら閉ざしてしまったルーベン。
いずれもルーベンのやったことの結末でした。でもルーベンも必死だったのです。それに難聴になったことには、ルーベンに何の落ち度もありません。
ルーベンは恋人ルーとの別れを決めます。
インプラントを付けたまま街中を彷徨うルーベン。そこに教会の鐘が鳴り響きます。インプラントを通すと、まるで耳元でシンバルを鳴らしたような音に。
私には、ルーベンが神様から叱られたように感じられました。と同時に、ルーベンへのエールのようにも聞こえました。
ルーベンは気づきます。インプラントを取り外し、空を見上げ、そこにある太陽を仰ぎ見るルーベン。これまでいた世界とは違う、新たな世界、静寂の世界。ルーベンはろう者として生きる道を見出します。そうです。あの支援コミュニティに戻る道を。
闘病のヒント① インフォームド・コンセントとQOL
病気の治療や手術の前には、インフォームド・コンセントとQOLの理解が大切です。
インフォームド・コンセントは「説明に基づく同意」と訳されます。患者が病気について十分な説明を受け、了解した上で、医師と共に治療法を決定していくことをいいます。
QOLはクオリティー・オブ・ライフの略称です。「生活の質」「人生の質」などと訳され、生活者の満足感、安定感、幸福感を規定している諸要因の質と言えます。そうした諸要因の一方には生活者自身の意識構造、もう一方には生活の場の諸環境があると考えられます。
ルーベンは病院で診察・検査・診断を受けました。医師はルーベンに、大音響で演奏するライブから離れるように求めました。そのあとで医師は、高額で難しい手術になるインプラントの話をします。
しかし、インプラントの術後、どの程度まで聴力が回復するのか、具体的な説明はしませんでした。ルーベンは難聴以前の聴力に戻れるものだと思ってしまいます。
上記で説明したインフォームド・コンセントが不十分なものであったために生じた誤解がルーベンにありました。その結果、術後にルーベンがインプラント器具を装着してみると、まるでルーベンの期待した聞こえ方ではありませんでした。
インプラント装着によるルーベンのQOLは低く、インプラントを介して聞こえる音はノイズのようです。ルーベンは「これはひどい」と。街を歩く時には、車や群衆など街の喧騒がひどい騒音ノイズになってルーベンの心を搔き乱すほどです。
もっとよく医師との診察場面で、どの程度まで聴力が得られるものか、聞こえ方はどのようなものか、医師が丁寧に説明すべきでした。その上で、ルーベンが判断したなら、手術は回避されたかもしれません。トレーラーハウスを売ってまで高額の手術代を支払うこともなかったかも知れません。
闘病する人は、インフォームド・コンセントが自分に対してしっかりなされたか、注意深く観察し、判断しましょう。もし納得がいかなければ、再度医師に対して説明を求めることが重要です。
また、術後のQOLはどのようなものか、治療や手術前に医師とよく話し合いましょう。治療・手術後の生活で、自分のQOLのレベルがどの程度のものになるのか話し合い、患者の期待値を下回りそうな場合には、医師・看護師・リハビリスタッフ、福祉職と、QOLを向上させるための話し合いをしましょう。
闘病のヒント② 希望を描く力
病気を発症し、闘病のまっ只中にあっても、これから訪れる未来に希望を描くことが大切です。
未来の理想イメージを少しでも描いてみると、ずいぶんと心が軽くなります。その希望、理想が定まることで、今、何をやったらいいかが見出せるのです。
闘病時、過去にその原因を求めて自分を責め悔やんでみても、何も変わりません。なぜ、病苦のさ中に未来を描くことが重要なのか、心理学者ビクトール・フランクルの言葉を下記に引用します。
どんなときも人生には意味がある。なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。あなたを必要とする何かがあり、あなたを必要とする誰かがいる。その何かや誰かのために、あなたにも、できることがある。その何かや誰かは、あなたに発見され、実現されるのを待っているのだ。
だから、たとえ今、あなたがどんなに苦しくても、あなたはすべてを投げ出してはいけない。たとえあなたがすべてを投げ出したとしても、人生があなたを投げ出すことはない。人生は、あなたに光を届け続けてくれているのだ。
ルーベンは突然の難聴発症に苦しみます。ここを切り抜け、もとのライブ活動に戻ろうと手術を受けることに。しかし、手術の効果は期待したものではなく、もといた世界に帰ることもできません。
それでも、ろう者の支援コミュニティという新しい世界への扉がルーベンに開かれました。もとの世界に戻れる可能性があった時には、あまり乗り気でなかったルーベン。しかし、ライブ活動や恋人ルーへの想いを手放すと、支援コミュニティの存在がルーベンにとって大きな意味を持ち始めます。
映画のラストシーンでは、ルーベンが太陽を仰ぎ見ます。その時ルーベンは、指導者ジョーのいる支援コミュニティでの暮らしに思いを馳せていました。そこに未来を見て、新たな希望を見出したのです。
闘病のヒント③ 導き手とコミュニティ
闘病時、ルーベンのように、良い導き手や温かなコミュニティと出会いたいものです。
闘病の闇の中、懐中電灯で足元を照らしながら歩を進めている時、手を取り導いてくれる人がいたらどれほど心強いでしょう。また、同じ病気の人たちと触れ合える場があるなら、辛い胸の内を語り合えたり、良い情報が聞けたりすることも。
導き手は、時に医師であったり、ケアマネさんであったり。コミュニティは、患者会であったり支援NPOであったり。
ルーベンにとって、ジョーとろう者の支援コミュニティとの出会いは掛けがえのないものでした。最後のシーン、インプラントを外して静寂に包まれるルーベン。仰ぎ見た空に感じたのは、ジョーの言葉(静寂は神の王国)と支援コミュニティの人たちの笑顔だったのです、きっと。
この映画は、良き導き手と温かいコミュニティが、重い病気や障害を負った時に、とても大切な存在となることを、私に思い出させてくれました。
まとめ
いかがでしたでしょう、映画『サウンド・オブ・メタル』の記事。
この映画の中で主人公のルーベンは、難聴発症後、すぐにでも元の暮らしに戻りたかったのです。そのために、大切なトレーラーを手放し、辛い手術もやりました。恋人ルーと一緒に、またライブをやりたかったのです。
でも、インプラントでは元の聴力を取り戻せないと分かります。離れている間に恋人ルーは別人のように。物語の終盤になって、街の中でルーベンがインプラントを外し、静寂に包まれたその瞬間、ルーベンには次の世界が、希望が見えたのです。
指導者ジョーの言葉が頭をよぎったのでしょう。「静かな時間、静かな場所、あれは神の王国なんだ、そしてあの場所は決して君を見捨てない」
最後までご覧くださり、ありがとうございました。
引用・参考文献
諸富祥彦:『ビクトール・フランクル 絶望の果てに光がある』(KKベストセラーズ、2014)